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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2725号 判決

控訴人・附帯被控訴人

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

根本真

外四名

被控訴人・附帯控訴人

株式会社三井銀行

右代表者

小山五郎

右訴訟代理人

各務勇

外一名

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  昭和五四年(ネ)第二七二五号事件(以下、「第二七二五号事件」という。)控訴人、昭和五五年(ネ)第四三六号事件(以下、「第四三六号事件」という。)附帯被控訴人は、第二七二五号事件につき、「一 原判決中、第二項及び第四項を取消す。二 被控訴人の訴えを却下する。三 仮に訴え却下が認められないとすれば、被控訴人の請求を棄却する。四 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第四三六号事件につき、「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

二  第二七二五号事件被控訴人、第四三六号事件附帯控訴人は、第二七二五号事件につき、「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、第四三六号事件につき、「一 原判決中、第三項及び第四項を取消す。二 附帯控訴人が原判決添付請求権目録(三)及び(四)記載の請求権につき質権を有することを確認する。三 訴訟費用は第一、第二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(なお、以下、第二七二五号事件控訴人、第四三六号事件附帯被控訴人を「控訴人」と、第二七二五号事件被控訴人第四三六号事件附帯控訴人を「被控訴人」という。)

第二  当事者の主張

(原判決の対象となつた併合三事件のうち、本件控訴及び本件附帯控訴による不服申立の対象となつているのは、被控訴人が原告、控訴人が被告となつている昭和五〇年(ワ)第一〇五五八号事件のみである。そこで、本判決では、不服申立の対象となつている右事件の判断に必要な限度で、当事者の主張を記載するにとどめる。)

一  被控訴人の請求の原因

1  被控訴人は、昭和四八年当時訴外東郷民安(以下、「東郷」という。)に対し合計金三九億一三〇〇万円の貸金債権を有していたものであるところ、右債権の担保として、昭和四八年二月二八日から同年六月一一日までの間に五回にわたり、東郷から、原判決添付別表二記載のNo.1からNo.126までの三一四万五三五七株の株式(以下、「本件株式」という。)を含む、同人所有の訴外殖産住宅相互株式会社(以下、「殖産住宅」という。)の株式四七三万二三七一株につき、いわゆる略式質の方法により質権の設定を受け、その株券(記名式株券)の交付を受けてこれを占有していた。なお、右質権設定の際又はその後に、殖産住宅は、被控訴人に対し、右質権設定を承認している。

2  一方、控訴人は、東郷に対し原判決添付別表一記載の租税債権を有するとして、昭和四八年七月一一日から同年一一月一九日までの間に、国税徴収法に基づく滞納処分により、本件株式の全部を含む東郷所有の殖産住宅の株式に対する差押えをなし、昭和四九年二月一四日、本件株式の株券に対する被控訴人の直接占有を解いて自らこれを直接占有するに至つた。従つて、その後は、被控訴人は、控訴人を占有代理人として、右株券を間接占有している。

3  ところで、殖産住宅は、昭和四九年二月一五日の取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し一株につき0.3株の割合により新株を全額無償で発行する旨の決議をしたので、東郷は、右決議により、本件株式の株主として、原判決添付請求権目録(一)記載の請求権(以下、「(一)の請求権」という。)を取得した。

4  また、殖産住宅は、昭和五〇年二月二四日の取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し一株につき0.2株の割合により新株を全額無償で発行する旨の決議をしたので、東郷は、右決議により、本件株式及びこれに対し右3の決議により発行された新株式の株主として、原判決添付請求権目録(二)記載の請求権(以下、「(二)の請求権」という。)を取得した。

5  また、殖産住宅は、昭和四九年五月二八日の株主総会において、第三〇期(昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日まで)の利益を配当する決議をしたので、東郷は、右決議により、本件株式のうち原判決添付別表二記載のNo.41からNo.126までの株式の株主として、原判決添付請求権目録(三)記載の請求権(以下、「(三)の請求権」という。)を取得した。

6  更に、殖産住宅は、昭和五〇年五月二八日の株主総会において、第三一期(昭和四九年四月一日から同五〇年三月三一日まで)の利益を配当する決議をしたので、東郷は、右決議により、本件株式のうち右別表二記載のNo.41からNo.126までの株式及び本件株式に対し右3の決議により発行された新株式の株主として、原判決添付請求権目録(四)記載の請求権(以下、「(四)の請求」という。)を取得した。

7  被控訴人は、本件株式に対して有する質権に基づき、東郷が殖産住宅に対して取得した(一)ないし(四)の請求権についても質権を主張しうるものと解すべきであるから、その質権に基づき、(一)及び(三)の請求権については昭和四九年三月一二日、(二)及び(四)の請求権については昭和五〇年二月一九日、いずれも右各請求権の仮差押えをした。

8  ところが、控訴人は、前記のとおりの租税債権を有するとして、国税徴収法に基づく滞納処分により、(一)の請求権については昭和四九年二月二六日、(二)の請求権については昭和五〇年四月一日、(三)及び(四)の請求権については昭和四九年二月二三日、いずれも右各請求権の差押えをした。

9  その結果、殖産住宅は、(一)ないし(四)の請求権について控訴人の租税債権と被控訴人の質権との優劣を決しがたく、その請求権に対する優先権利者を確知しえないとして、(一)及び(三)の請求権については昭和四九年九月一七日、(二)及び(四)の請求権については昭和五〇年八月一九日、いずれも右各請求権の目的物たる株式(株券)ないし金員を東京法務局に供託した。

10  そこで、控訴人は、控訴人が右供託に基づく供託物及び供託金の還付請求権を有することの確認を求めるとして、被控訴人を被告とする訴訟を提起するとともに、その訴訟において、(一)ないし(四)の請求権につき被控訴人が控訴人の租税債権に優先する質権を有することを争つている。

11  よつて、被控訴人は、本訴により、控訴人との間で被控訴人が(一)ないし(四)の請求権につきいずれも質権を有することの確認を求める。

二  被控訴人の訴えに対する控訴人の本案前の主張

被控訴人が(一)及び(二)の請求権につき質権を有することの確認を求める訴えは、確認の利益を欠く不適法な訴えというべきであるから、却下されるべきである。

すなわち、国税徴収法に基づく滞納処分による差押えがなされた場合において、その目的物たる財産の上に質権を有する者は、その滞納処分の一環として行なわれる換価、配当の手続段階において、所定の申立、調査、確認の手続を経たうえ、所定の配当を受けることができ、また、その際における関係行政機関の処分に不服のある者は、滞納処分手続内における異議の申出、国税通則法等に基づく不服審査の請求ないし行政訴訟の提起によつて救済を受けうることが保障されている。ところが、(一)及び(二)の請求権については、国税徴収法に基づく滞納処分による差押えがなされたにすぎず、いまだその配当手続はもとより、それに先立つ換価手続もなされていないし、従つて、右各請求権につき質権を有すると主張する被控訴人も、滞納処分の手続においては何らの権利主張もしていない。そうすると、このような段階においては、特段の事情のない限り、被控訴人には本訴のような確認の訴えによつて除去されるべき権利関係上の不安はいまだ生じていないといわなければならないから、被控訴人の前記訴えは、確認の利益を欠く不適法な訴えというべきである。

三  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実のうち、被控訴人が、その主張の日時に、東郷から本件株式を含む同人所有の殖産住宅の株式につき略式質の方法により質権の設定を受け、その株券(記名式株券)の交付を受けて、これを占有していたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因2ないし6の事実はすべて認める。

3  請求原因7の事実のうち、被控訴人が、その主張の日時に、(一)ないし(四)の請求権の仮差押えをしたことは認めるが、その余の被控訴人の主張は争う。

4  請求原因8ないし10の事実はすべて認める。

四  当事者双方の法律上の主張

当事者双方のその余の法律上の主張は、原判決一五丁表一行目から同四一丁裏四行までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第一控訴人の本案前の主張に対する判断

控訴人は、本案前の主張として、被控訴人が(一)及び(二)の請求権につき質権を有することの確認を求める訴えは確認の利益を欠く不適法な訴えであると主張するので、まず、その主張の当否について判断する。

たしかに、本件のごとく国税徴収法に基づく滞納処分による差押えがなされた場合において、その目的物たる財産の上に質権を有する者は、その滞納処分の一環として行なわれる換価、配当の手続段階において、所定の申立、調査、確認等の手続を経たうえ、所定の配当を受けることができ、また、その際における関係行政機関の処分に不服のある者は、滞納処分手続内における異議の申出、国税通則法等に基づく不服審査の請求ないし行政訴訟の提起によつて救済を受けうることが保障されていることは、控訴人の主張するとおりである。そして、弁論の全趣旨によれば、(一)及び(二)の請求権については、控訴人主張の租税債権徴収のための滞納処分による差押えがなされたにすぎず、いまだその配当手続はもとより、それに先立つ換価手続もなされていないことが認められる。しかしながら、本件においては、殖産住宅が、右各請求権について控訴人の租税債権と被控訴人の質権との優劣を決しがたく、その請求権に対する優先権利者を確知しえないとして、右各請求権の目的物たる株式(株券)及び金員を東京法務局に供託したことは、当事者間に争いがないところ、控訴人は、控訴人が右供託に基づく供託物及び供託金の還付請求権を有することの確認を求めるため、被控訴人を被告とする訴訟(原審において併合審判された昭和五〇年(ワ)第六二号事件及び同五一年(ワ)第四三二四号事件)を提起し、その訴訟において、控訴人の租税債権が被控訴人の質権に優先する旨主張していることは、本件訴訟の経過に照らして、明らかである。そうすると、以上のような事実関係から判断すれば、控訴人主張の右差押えに基づき将来行なわれる換価、配当の手続においても、右各請求権に対する被控訴人の質権の効力が争われることは確実であるというべく、控訴人と被控訴人との間には右質権の効力についての紛争が現実に発生しており、そして、この紛争は訴訟によつて解決するほかないといわなければならない。従つて、被控訴人の前記訴えは確認の利益を有するものというべく、控訴人の本案前の主張はその理由がない。

なお、被控訴人が(三)及び(四)の請求権につき質権を有することの確認を求める訴えの適法性については、控訴人は、当審では格別問題にしていない。しかし、これらの訴えについても、右に述べたところと同様の理由で、確認の利益があると解するのが相当である。

第二本案の判断の基礎になる事実関係

一本件株式に対する被控訴人の略式質権の設定

請求原因1の事実のうち、被控訴人が、その主張の日時に、東郷から本件株式を含む同人所有の殖産住宅の株式につき略式質の方法により質権の設定を受け、その株券(記名式株券)の交付を受けて、これを占有していたことは、当事者間に争いがなく、この事実に、〈証拠〉を総合すると、請求原因1の事実をすべて認めることができる。

二本件株式に対する控訴人の滞納処分

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三東郷による(一)ないし(四)の請求権の取得

請求原因3ないし6の事実は、当事者間に争いがない。

四被控訴人及び控訴人による右各請求権の仮差押え又は差押え

被控訴人及び控訴人が右各請求権につき請求原因7及び8記載のとおりの仮差押え又は差押えをしたことは、当事者間に争いがない。

五殖産住宅による右各請求権の目的物の供詫

請求原因9の事実は、当事者間に争いがない。

第三(一)及び(二)の請求権と被控訴人の質権

一株式の略式質権の物上代位的効力

商法第二〇八条は、株式を目的とする質権のいわゆる物上代位的効力について規定しているが、この規定は、その質権がいわゆる略式質権であると、いわゆる登録質権であるとを問わず、共通して適用される規定であることは明らかである(なお、株式の質権の物上代位的効力については、右規定のほかにも、商法及びその特別法上にこれを定めるいくつかの規定があるが、本件には直接の関係がないので、ここでは省略する。)。従つて、本件株式のごとく略式質権の目的となつている株式(以下、「親株」又は「旧株」ともいう。)につき商法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による株式(以下、「新株」ともいう。)の発行があり、親株の株主が会社に対し新株(正確にいえば、その新株を表章する新株券)又はそれに代る金員(正確にいえば、端数の新株を売却することによつて得られた代金の分配金)の交付請求権(以下、「新株等交付請求権」ともいう。)を取得するに至つた場合には、その新株等交付請求権についても右第二〇八条所定の物上代位的効力が及ぶことはいうまでもない。そして、以上のことは、本件に関しても問題がない。

二右物上代位的効力の対抗要件

1  ところで、本件に関して問題になるのは、本件株式のごとく略式質権の目的となつている親株につき準備金の資本組入による新株の発行があり、親株の株主が新株等交付請求権を取得するに至つた場合において、親株の質権者がその新株等交付請求権につき質権を主張するための会社及び第三者に対する対抗要件は、親株の株券の占有(これは、親株の質権自体の対抗要件でもある。)で足りるか、それとも、その新株等交付請求権自体について改めて民法第三五〇条、第三〇四条第一項但書所定の差押えをなすことを要するかという問題である。そこで、以下、この問題について検討する。

2  商法第二〇七条及び第二〇九条は、株式(記名株式)を目的とする質権の制度につき、いわゆる略式質といわゆる登録質との二類型を採用するとともに、略式質については、株券の交付をもつて質権設定の成立要件とし、株券の継続占有をもつて第三者(会社を含む。)に対する質権主張の対抗要件とする一方、登録質については、右略式質の要件を充たしたうえ、質権者の氏名及び住所を株主名簿に記載し、かつ、その氏名を株券に記載することをもつて質権設定の成立要件及び会社(会社以外の第三者を含む。)に対する質権主張の対抗要件とすることを規定しているが、これらの規定を総合して見れば、略式質権とは、有価証券たる株券に表章されている権利自体を目的とする質権であり、その権利自体の有する交換価値のみから被担保債権の優先弁済を受けることを内容とする質権であると解するのが相当である。そして、有価証券たる株券に表章されている権利は、広義の株主の権利のうち基本権たる株式(株式会社の社員たる地位の均等な割合的単位であるとともに、利益配当金支払請求権等株主の各種の具体的な権利の発生、取得の基本となる権利であるという意味での株式)自体にほかならないから、略式質権とは、広義の株主の権利のうち基本権たる株式自体を目的とする質権であり、そのような株式自体の有する交換価値のみから被担保債権の優先弁済を受けることを内容とする質権であるというべきである。

3  ところで、商法第二〇八条所定の物上代位の目的とされている親株主又は旧株主の各種の権利は、厳格な意味では基本権たる株式自体ではないが、しかし、それらはいずれも、基本権たる親株又は旧株自体の消滅、変容、移転等に伴つて発生する権利であつて、いわば基本権たる親株又は旧株自体の変形物たる権利であるというべきであるから、それらの権利は、本来、基本権たる親株又は旧株と同様に、親株券又は旧株券に表章され、その株券と運命を共にすべき権利であり、従つて、親株主又は旧株主が会社に対しそれらの権利を行使するに当つては、本来、親株券又は旧株券の呈示ないし提出を必要とすべきものと考えられる。

これを更に商法の現行規定に照らして考察するに、まず、株式の消却(第二一二条)、併合(第三七七条、第四一六条第三項)、分割(第二九三条の四)の場合には、それぞれ商法第三七七条(第三七八条、第三七九条)の規定に従い一定の期間内に旧株券又は親株券を会社に提出させたうえ、それと引換えに会社が新株券又は金員を交付するのを原則としている。また、株式の転換(第二二二条の五)の場合には、その転換を請求する者は請求書に旧株券を添付してこれを会社に提出しなければならないことにしており、更に、株式の買取(第二四五条の三、第三四九条、第四〇八条の三)の場合には、その買取の請求自体には旧株券の提出は不要であるが、株式の代金の支払いは旧株券と引換えにしなければならないことにしている。すなわち、以上の各場合には、親株主又は旧株主が会社に対し新株(新株券)又は金員の交付請求権を行使するに当つては、親株券又は旧株券を会社に提出しなければならないことにしているのである。そして、以上のことは、右の各場合における親株主又は旧株主の新株等交付請求権はいずれも、親株券又は旧株券に表章されており、その株券と運命を共にすべきものであることを裏付けているということができる。

そうすると、以上の各場合には、親株又は旧株につき略式質権が設定されており、その株券を質権者が占有しているときには、親株又は旧株の株主は、質権者の協力を得てその占有している株券を会社に提出しない限り、会社から新株(新株券)又は金員の交付を受けることはできないといわなければならない。従つてまた、以上の各場合においては、親株又は旧株の質権者が親株主又は旧株主の取得する新株等交付請求権について質権を主張するための会社及び第三者に対する対抗要件としては、親株又は旧株の株券の占有で足り、それ以上に右新株等交付請求権自体について民法第三五〇条、第三〇四条第一項担書所定の差押をする必要は全くないというべきである。

4  ところが、商法第二〇八条所定の物上代位の目的とされている親株主又は旧株主の各種の権利のうち、同法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による新株の発行の場合における新株等交付請求に限つては、現行法上、会社に対しその権利を行使するに当り、親株券の呈示ないし提出を必要とせず、株主名簿上の記載のみを基準として新株(新株券)又は金員が交付されることになつている。従つてまた、この場合に限つては、親株につき略式質権が設定されており、その株券を質権者が占有しているときでも、株主名簿上の株主となつている親株の株主は、質権者の協力を要せず、会社から新株等の交付を受けることができるのである。そこで、この場合における新株等交付請求権については、親株の質権者がその請求権につき質権を主張するための会社及び第三者に対する対抗要件としては、親株券の占有のみでは足りず、更に右請求自体について民法第三五〇条、第三〇四条第一項担書所定の差押えをすることが必要であるかのように考えられないわけではない。

しかしながら、更に考えるに、商法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による新株の発行、とくに本件の場合のような全額無償による新株の発行と、前記の株式の分割とは、形式的にこそ差異があれ、実質的には、いずれも会社の財産の実体に何らの変更がないにもかかわらず、会社の発行済株式総数を増加させる方法ないし制度であるという点で全く差異がないし、また、それらに伴つて発生する新株等交付請求権は、いずれも、基本権たる親株又は旧株自体の変形物であると解しうる点でも変りがないのである。更に、現行法上、右の準備金の資本組入による新株の発行と、前記の株式の分割とは、いずれも、定款による特段の留保のない限り、株主や株式質権者の意思とは無関係に、取締役会の決議のみによつて行ないうるのであるが、この点においても両者に差異がないのである。ただ、現行商法が、右の準備金の資本組入による新株の発行の場合に限つて、会社の事務処理の便宜を考慮し、権利の行使に当り親株券の呈示ないし提出を不要とするとともに、株主名簿上の記載を利用して新株等の交付を行ないうるようにしているにすぎない。

そこで、以上の点を考慮して判断すると、商法第二〇八条所定の物上代位の目的とされている親株主又は旧株主の各種の権利のうち、同法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による新株の発行の場合における新株等交付請求権に限り、質権主張の会社及び第三者に対する対抗要件につき、その他の権利の場合と全く異つた解釈をするのは相当でないし、また、そのような異つた解釈をしなければならない実質的根拠も乏しい。従つて、右の準備金の資本組入による新株の発行の場合における新株等交付請求権についても、親株の質権者がその請求権につき質権を主張するための会社及び第三者に対する対抗要件は、その他の場合における新株等交付請求権についてと同様に、その請求権自体についての差押えを要せず、親株券の占有のみで足りると解するのが相当である。そして、以上のような見解を採つたとしても、更に次の5で述べるような見解を併せて採用するならば、右見解のために会社の事務処理の便宜が損なわれることはありえないというべきであるし、また、商法第二〇八条により物上代位の目的とされている親株主又は旧株主の各種の権利はいずれも基本権たる親株又は旧株自体の変形物たる権利であつて、親株又は旧株につき質権が設定されている場合には、それが略式質にすぎないときでも、その質権の効力がこれに及び、その被担保債権の優先弁済に充てられることが当初から予定されている権利であることを考えれば、右見解のために会社以外の第三者が不当、不測の損害を受けることもありえないものというべきである。

5  しかし、以上のような見解を採つたとしても、商法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による新株の発行の場合における新株等交付請求権については、現行法上、親株主がその権利を行使する要件としては、会社に対し親株券を呈示ないし提出することは必要とされておらず、むしろ、株主名簿上の記載を基準として新株(新株券)又は金員が交付されることになつている以上、親株の質権者が右新株等交付請求権について質権を実行する以前に、新株等が株主名簿上の株主に交付され、その株主の一般財産に混入してしまえば、右新株等交付請求権も消滅するに至ることは認めざるをえないから、そのような場合には、親株券を継続して占有している親株の質権者であつても、もはや右新株等交付請求権について質権を実行することは不可能になるといわなければならない。そこで、そのような事態が発生するのを防止するためには、新株等が株主名簿上の株主に交付され、その株主の一般財産に混入する以前に、右新株等交付請求権について差押えをなし、その権利を保全する必要があるというべきである。しかしながら、この差押えは、あくまでも右のような事態が発生するのを防止するための手段であるにすぎず、右新株等交付請求権について質権を主張するための会社及び第三者に対する対抗要件としての性格を有するものではないというべきであるから、その差押えは必ずしも他の債権者による差押えに先立つてなすことを要せず、また、その差押えのためには債務名義も要しないと解すべきである。

三(一)及び(二)の請求権についての被控訴人の質権と控訴人の租税債権との優劣

1  国税徴収法に基づく滞納処分によつて差押えられた財産の上に設定された質権と、租税債権との優劣は、その質権主張の対抗要件具備の日時と、租税債権の法定納期限等とを比較して決定すべきものであることは、国税徴収法第一五条第一項の規定に照らして明らかである。

2  ところで、前記のとおり、商法第二九三条の三所定の準備金の資本組入による新株の発行の場合における新株等交付請求権についての質権主張の会社及び第三者に対する対抗要件は、親株券の占有で足りると解すべきところ、被控訴人が(一)及び(二)の請求権の親株である本件株式につき略式質権の設定を受けてその株券の占有を取得した日時は、前記認定のとおり、昭和四八年二月二八日から同年六月一一日までであるから、被控訴人が(一)及び(二)の請求権について質権主張の対抗要件を具備した日時も、右と同日時であるというべきである。一方、国税徴収法に基づく滞納処分による本件株式並びに(一)及び(二)の請求権の各差押えの基礎になつている、控訴人の東郷に対する原判決添付別表一記載の租税債権の法定納期限等は、前記認定のとおり、昭和四八年七月二日から同年一〇月五日までであるから、その日時は、被控訴人が(一)及び(二)の請求権について質権主張の対抗要件を具備した日時よりも後れることが明らかである。そうすると、(一)及び(二)の請求権については、被控訴人の質権が控訴人の租税債権に優先するといわなければならない。

3  従つて、被控訴人は、控訴人に対し、(一)及び(二)の請求権につき質権を有することを主張しうるものというべきである。

第四(三)及び(四)の請求権と被控訴人の質権

一株式の略式質権と私益配当金支払請求権

1  商法第二〇八条及び第二〇九条を見るに、株式(記名株式)を目的とする質権のうちいわゆる登録質の場合には、その質権の効力が株主の取得する利益配当金支払請求権にも及ぶことは明らかであるが、いわゆる略式質の場合には、その質権の効力が株主の取得する利益配当金支払請求権に及ぶか否かは法文上必ずしも明らかでなく、学説上も見解が対立している。そこで、以下、この問題について検討する。

2  先に述べたとおり、商法第二〇七条及び第二〇九条の規定を総合して見れば、株式の略式質権とは、有価証券たる株券に表章されている権利自体を目的とする質権であり、その権利自体の有する交換価値のみから被担保債権の優先弁済を受けることを内容とする質権であるところ、有価証券たる株券に表章されている権利は、広義の株主の権利のうち基本権たる株式自体にほかならないから、略式質権とは、広義の株主の権利のうち基本権たる株式自体を目的とする質権であり、そのような株式自体の有する交換価値のみから被担保債権の優先弁済を受けることを内容とする質権であるというべきである。そして、そうであるからこそまた、商法第二〇八条は、有価証券たる株券に表章されている基本権たる株式自体の消滅、変容、移転等に伴つて発生する権利であり、いわば基本権たる株式自体の変形物たる権利についても略式質権の物上代位的効力が及ぶことを明らかにしたものというべきである。しかし、その反面、広義の株主の権利に属する権利であつても、有価証券たる株券に表章されていない権利、すなわち、基本権たる株式自体及びその変形物たる権利を除くその余の支分権的権利については、略式質権の物上代位的効力は及ばず、商法第二〇九条所定の登録質権を設定して、はじめて質権の効力を及ぼしうるものと解すべきである(もつとも、登録質権を設定しても、議決権等の非財産権的権利には質権の効力は及ばない。)。そして、以上のような解釈は、現行の商法が、株式を目的とする質権の制度につき、略式質と登録質との二類型を採用したうえ、前者は、有価証券たる株券の有する特色に着目し、これを活用すべく構成し、また、後者は、右の特色を活用するほか、株主名簿制度のもつ特色をも併用すべく構成するとともに、質権設定当事者の希望に応じ、いずれも自由に選択しうるようにしている趣旨に適合した妥当な解釈ということができる。

なお、これまでに述べたところからすでに明らかであると思うが、ここで登録質権の内容についても一言すると、登録質権とは、有価証券たる株券に表章されている権利、すなわち、広義の株主の権利のうち基本権たる株式自体(及びその変形物たる各種の権利)を目的とする略式質権に、株主名簿上の記載を基準として行使者ないし帰属者が決定される権利、すなわち、広義の株主の権利のうち基本権たる株式に基づき反覆的に発生し取得される各種の支分権的権利(但し、財産権的権利に限られ、議決権等の非財産権的権利は含まない。)を目的とする質権をも付加したものの総称であるということができる。

3  ところで、商法の現行規定によれば、株式会社は、各決算期に処分可能利益(第二九〇条)がある場合には、株主総会の決議(第二八一条、第二八三条)に基づき、株主に対し利益の配当をなすべきであり、そして、その配当は、各株主の有する株式の数に応じてなすべきものとされている(第二九三条)から、右のようにして株主が会社に対して取得する利益配当金支払請求権は、株主の有する株式に基づき反覆的に発生し取得される権利であつて、いわば株式の支分権たる権利であるということができるが、しかし、それは、基本権たる株式自体でないことはもとより、株式自体の消滅、変容、移転等に伴つて発生する株式の変形物たる権利でないことも明らかである。しかも、右の利益配当金支払請求権は、株主名簿上の記載のみを基準として、その行使者、従つてまたその帰属者が決定されることになつている(第二〇六条、第二二三条、第二二四条、第二二四条の三)とともに、その譲渡その他の処分も、株券の占有とは全く無関係になされうるのであるから、その権利は、その発生後は、基本権たる株式とは全く別個独立の権利となるのであつて、基本権たる株式又はその変形物たる権利のごとく、株券と運命を共にすべき権利ではないというべきである。従つて、このような性質の利益配当金支払請求権については、略式質権の物上代位的効力は及ばず、商法第二〇九条所定の登録質権を設定して、はじめて質権の効力を及ぼしうるものと解すべきである。

(なお、本件には直接関係のない問題であるが、右の利益配当金支払請求権に関連して商法第四二五条に基づく株主の残余財産分配金支払請求権について付言するに、この権利は、株式質権の物上代位的効力を規定する商法第二〇八条には明示されておらず、却つて、登録質権の成立要件及び効力等を規定する同法第二〇九条に、右の利益配当金支払請求権と並べて挙示されているにすぎない。しかし、この権利は、それが行使され、その内容が実現されれば、基本権たる株式自体が消滅するに至るのであるから、これはまさに基本権たる株式自体にほかならないというべきであり、従つて、株式の略式質権の効力は、商法第二〇八条等の規定をまつまでもなく、当然にこの権利に及ぶものと解すべきである。)

4  なお、〈証拠〉によれば、昭和五二年一月ないし三月現在わが国のいわゆる都市銀行(但し、右調査嘱託の対象となつた銀行は、株式会社東海銀行、同第一勧業銀行、同三菱銀行、同住友銀行、同富士銀行及び同三和銀行の六行である。)において通常利用されている株式担保の形式は略式質であるが、略式質の場合、質権者である銀行は、株主の取得する利益配当金支払請求権の確保についてはあまり関心がなく、それを差押えるなどの質権実行の手段は格別講じていないことが認められる。また、〈証拠〉によれば、昭和四八年当時の殖産住宅の定款(第二四条)には、「株主配当金は毎決算期末現在の株主名簿記載の株主又は登録質権者に支払う。」という規定のあることが認められるし、更に、前掲乙第三号証の一ないし五によれば、被控訴人自身も、東郷から本件株式等につき略式質権の設定を受けた際、「担保品の配当・利息その他これに準ずべき法定果実は貴行の請求によつて表記債務の内入金とします。」という特約条項(第四条)のある担保差入証をわざわざ取り、それによつて利益配当金をも被担保債権の弁済に充てうるようにしていることが認められる。これらの事実は、銀行取引実務等においても、略式質権の効力は株主の取得する利益配当金支払請求権には及ばないという見解が一般的に採用されていることを裏付ける資料というべきである。

二会社による略式質権設定の承認とその質権の効力

被控訴人が東郷から本件株式等につき略式質権の設定を受けた際又はその後に、殖産住宅がその質権の設定を承認しているから、これは、東郷が被控訴人に対し将来発生すべき利益配当金支払請求権についても包括的に債権質権を設定することを殖産住宅において承認したものと解すべきであり、従つて、被控訴人は、本件株式につき登録質権の設定を受けた場合と同様に、右質権設定後に発生した(三)及び(四)の請求権につき質権を有することを主張しうると主張している。

しかしながら、商法における株式質権の制度や株主名簿の制度は、単に会社にとつてのみならず、一般の第三者にとつても重大な利害関係のある制度であるから、それらに関する規定は、いずれも強行規定というべきであつて、会社と特定の株主ないし質権者との個別的合意のみによつてその効力を変更することはできないものと解すべきである。そうすると、被控訴人が本件株式につき質権の設定を受けた際又はその後に、殖産住宅から右主張のような承認を受けているとしても、被控訴人がその質権につき登録質の制度を利用せず、略式質の制度を選択したにすぎない以上、殖産住宅の右承認のみによつて、被控訴人が本件株式につき登録質権の設定を受けた場合と同様の効力が生じ、その効力により、被控訴人が(三)及び(四)の請求権についても当然に質権を主張しうるものとは到底解しえない。従つて、被控訴人の右主張も理由がない。

三(三)及び(四)の請求権についての被控訴人の質権の有無

そうすると、被控訴人の本件株式についての略式質権の効力は、(三)及び(四)の請求権については及ばないものであり、そして、その他に被控訴人が右請求権につき質権の設定を受け、これを取得したことを認めるに足りる事由は見出しえないから、被控訴人が控訴人に対し(三)及び(四)の請求権につき質権を有することを主張しうるという被控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、その理由がないといわなければならない。

第五結論

以上の次第であるから、(一)及び(二)の請求権につき被控訴人が質権を有することの確認を求める被控訴人の請求を認容するとともに、(三)及び(四)の請求権につき被控訴人が質権を有することの確認を求める被控訴人の請求を棄却した原判決は、すべて相当というべきであつて、これを不服とする本件控訴及び本件附帯控訴は、いずれもその理由がないといわなければならない。

よつて、本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鰍澤健三 奥村長生 佐藤邦夫)

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